深呼吸して見える景色は違うはずだわ

2021年5月9日(日)

 

ひとに親切にとか、正しく生きるとかそういうことを気にしすぎて、

思考停止しがち。道徳の教科書が正しい!みたいな。

道徳の教科書に同意できる素直な気持ちと行動を、自分に強制している。

 

正直、人に親切にするより自分に親切にする方が先でしょ。

どうしようもない欠陥を抱えていると思いながら、真人間みたいな面して人と話すなんてしない方がいい。

 

人と話すとき、つい条件反射で答えてしまうことがある。多い。

夏はあつくて鬱陶しいし、労働は何一ついいことがないし、無職が最高といった、どこかで聞いた感想が口をついて出る。

実際は夏はちょっとウキウキするし、仕事にも楽しい瞬間はあるし、無職はうまく楽しめないタイプな気がする。

そういった自分の中での一般常識と思っているもので縛ってコミュニケーションをしている。

別に誰もが同じように考えてるわけでもないし、その必要もないのに。

自分の感覚から出た言葉ではないので、実感のないコメントになるし、

続かないし、自分のことを理解してもらう助けにもならない。

単にボールを打ち返している。

 

お腹のボタンを押すと事前に登録してある音声が出るぬいぐるみ、みたいなコミュニケーションは、自分で自分の口を塞いでるようで疲れる。

  ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

書いていて思ったけど、この話は常にそういうコミュニケーションしか取れないというものではない。

そうでないやり方で友達と話しをすることもある。

 

危ない危ない。

問題を発見すると常に自分の性質がそういうもので、これまでもそうで、今後もその問題はついて回ると思い込みがち。

ありがとう、気軽におしゃべりさせてくれる友達…。

 

話す相手が好きとか嫌いとかではなく(それもあるけど)、

無知を晒したくないだとか、感情を否定されたくないとか、

自分を守る壁だとか身代わりを差し出すようなことを望むとき、そんな感じのコミュニケーションになるんだろうな。

 

おしまい。